From Kutaisi,Week1
ワイン発祥の国・ジョージアの第三の都市、クタイシからおはようございます。ジョージアって個人的には、リモートワーカーの聖地のようなイメージでしたが、元夫より「ジョージアってコーヒーの印象しかないわ」と言われました。そのジョージアはアメリカの州名です。
始まりに、いくらかかったのか
読者の方から「バンライフ車両にいくらかかったか?」とのご質問を頂きましたので、今日は返事の📮を書きます。
いまは海外をまわっていますが、この生活の元を辿れば、家を手放してバンで暮らし始めたところから始まります。3年半ほど、固定の家がありません。
今回はこの「始まり」にいくらかかったのか、について。
*
今は元々キャンピングカー仕様になっている車を所有していますが、初代は国産バンを自分でリノベーションしました。そもそも10数年のペーパードライバーが1ナンバーの商用車を買うところに始まり、使い勝手の想像がつかない中で、まったく無意味な位置に配線してしまったりなど、学びの多い「大きなおもちゃ作り」のようなバンリノベでした。
このリノベのモットー。ベース車は内装をボコボコにしても申し訳なく思わない程度の車から探すこと、材料は贅を尽くすこと、あとは勢い。この3つを決めて始めました。
内訳はこうです。
車体:50万円
車検:10万円
その他メンテ:10万円
乗り出し70万円からのスタートです。あとは、贅を尽くした材での改装に100万~130万くらい。その後、寝床としてソファを奮発し、合計270万円くらいになりました。
その車は、この旅の直前に手放しました。乗ったのは2年くらいだと思います。「内装をボコボコにしても申し訳なく思わない程度の車」だっただけあって、エンジン周りに初期から不具合が多く、二束三文かとも覚悟していたのですが、買い取り屋さんは5万円をつけてくれました。
270万かけて、戻ってきたのは5万円。数字だけ見れば、ずいぶん割に合わない話です。
さらにかけていたもの、それは。
でも、この数字がすべてではありません。同時に「多額の浪費」に気づいたのです。
部屋を手放し、車に住み替えたときのことです。狭い車内に、それまでの暮らしをどうにか詰め込んで出発したものの、案の定うまく収まらない。
西神戸の駐車場。息子は日中は保育園に通い、私はその間ずっと、車内で「荷物を減らす」という名の自問自答を数日、繰り広げました。
そこで気づいたことがあります。手放したくないものが、ほとんどなかったのです。過不足なく言っても、手元に残ったのはこれだけでした。
譲ってもらった石油ストーブ。3月の車内で凍えないために要ります。ガスコンロと鍋。食べるために要ります。パソコン。フルリモートの会社員だったので、これがなければ生きられません。あとは洋服と化粧品くらい。これも、まあ要ります。
「要る」という用途以外のものは、なにもいらなかったんだなぁ、と。突き詰めると「不要」なものに、どれだけのお金を掛けていたことか。
5日かけて、車内はおおかた空になりました。清々しいような、少し寂しいような気持ちで、私は「もう、モノなんて持たない」と誓いました。
「寝床としてソファ、70万」の評価は。
その決意から5日後、ハンス・J・ウェグナーのデイベッドを清水買い。70万円です。誓いを立てた舌の根も乾かぬうちに、です。
言い訳するなら、車内で寝るためのものだから「生存に必要」と言えなくもありません。ただ、70万円のバンに乗せるには、あまりに過剰でした。
それでも、これがいい、と思ったのです。生存のためだけに残したものの中に、ひとつだけ「好きだから」で選んだものが入る。たぶんここから、今の暮らしが始まっています。
そのソファは、売りませんでした。今は知人が預かってくれています。いつか拠点にしたい場所ができたら、そこに置きたいと思っています。その場所が日本だとは限らないのですが。
*
あれからずっと家を持たずに生きていて、そのぶん、ずいぶんいろんなものを最適化してきました。移動することで見えてきたこともあります。それはまた、来週にでも。
P.S.ここからの、2026年後半計画
スペインのアヤさんのBINGOを拝見して、真似して作ってみました。さて、年末にどれだけ叶えられているでしょうか。こういう節目になにかしよう系、つい手に取ってしまいます。
P.S.のP.S.
先週より、「43歳頂点論」をまだ読んでいます(遅読なんです)。読み進めて更に納得したことがあります。
筆者は冒険家。北極を犬ぞりで70日狩りをしながら旅、のような激しいことをしている方なので、一見して「自分と関係ない」と思いそうになります。
が、冒険家は冒険家なりの体作りや精神鍛錬を行なっていて、私は私で、小児を伴うシングルマザーとしての、また海外放浪をするための体や精神の維持に努めている。日本で会社勤めをしているビジネスマンも、銭湯の番台をしているおじいちゃんも、その領域においてそれぞれの努力をしている。
そういったことで、各個人それぞれが、それぞれの領域において「頂点」にあたる可能性が高いのが、きっと43歳前後なのだな、ということです。過ぎていたとしても、これからだとしても、どの段階でも身につまされる話。前回の手紙📮はこちらから。
ところで、この本を紹介くださった@hidekibabaさんは、「毎歳頂点論」を実践しています、とコメントくださいました。44歳以降はこれでいこうと思います。日々頂点、機嫌がいい感じで好きです。






オシャレ〜!!あのBINGOが!!こんなにオシャレに仕上がるなんて!! そしてソファ最高にロックですね。お金の使い方の緩急がすごすぎる👍👍
バン生活をされていたのは以前の投稿で知っていましたが、内装も配線もご自分でやられたとは。しかも「無意味な位置に配線してしまった」という試行錯誤ごと楽しんでおられるのが、いいですね。
そして、生存に必要なものだけを残したあとに、ハンス・ウェグナーのソファを一つだけ迎え、その「好きだから」の一択から今の暮らしの始まりだった、という話に、マイさんの人生哲学を垣間見たように思います。
これはもう、かなり頂点までいっているかもしれません。まさに「頂点論」の実践者は、私ではなくマイさんの方かもしれませんね。