ここ最近、「自分の声をちゃんと聞く」ということを意識して生活するようにしている。
土門蘭さんの「ほんとうのことを書く練習」を読んでいる影響だ。ほんとうのことを書くには、自分の中の本当の声を聞く必要があるのだという。
具体的には例えば、
いま自分が何を感じているか
なにを食べたいか
どこで過ごしたいか
どんな気分になりたいか
を思い浮かべて、一方で、それと相反する「こうするべき」「こうしたほうがいいんじゃないか」という脳内の意見を一旦無視する、ということだ。
元々理系寄りで論理的なタイプ(女性としては、かなり論理が強いほうらしい)なので、すぐ「べき論」を優先させてしまう回路を長く所持してしまっている。こういうタイプには、これがけっこう難しい。
最近知り合った女性で、もう「感性100%、天真爛漫!」というタイプの方がいて、チャーミングでいいなぁと本当に羨ましく思う。1ミリでもいいからあやかりたい。そこに、この「自分の声を聞いて優先する」は、効果があるのではないか、と思っている。これをしばらく続けてどうなるか、また報告させてもらえたら嬉しい。
一方で、生活環境においては、いまは自分の「こうしたい」を優先していると思う。20年来、実現したいと思い続けてきた「海外の好きな場所に住む生活」を実行して4ヶ月。現在地は8カ国目、黒海に面した国・ジョージアだ。ここである、ひとつの疑問が湧いてきている。
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気候がいい場所、常に快適な場所を選び続けることが、基本的に可能な生活だ。極端に暑い・寒い場所を避け、人ごみや騒音もなるべく避け、快適に暮らせるであろう部屋を選んで移動を続けている。
日本は猛暑、と友人知人から聞き、熱中症などなど重々気をつけてね、とたびたび声をかける傍ら、こちらは今のところ、ハンガリーのブダペストで40℃を数日経験したほかには、日本の春か秋のような「快適な日々」ばかりを過ごして8月を迎えてしまった。ここジョージアは少し行ったところにビーチリゾートがあるにも関わらず、日中に一番暑くても、30℃程度。そして秋の快適な時期をトルコの田舎で過ごしたのち、寒くなる前にモロッコに入る予定にしている。
こんなことをしていたら、体が怠けてしまうのではないだろうか。適温だから仕方がないのだが、汗をほとんどかかないというのは不健康ではないか。自分の「こうしたい」を優先すると、自分にとってはこういう動きになってしまうのだが、これで生物として本当にいいのだろうか。
また、住環境においてもそうだ。ここしばらく、滞在先は連続して「アタリ」を引いていた。快適で便利で、申し分のない部屋ばかりだった。ところがここジョージアで最初に引いた部屋は、久しぶりに「?」だった。常に日陰なので、日中涼しいのはいいが、光があまり入らなくて鬱々とする。おまけにWi-Fiの入りが悪く仕事にならないので、日中はカフェに出かけることになる。とはいえ、私は家で過ごす時間が好きなので、ダブルブッキングにはなるけれども、他の部屋に移ろうかなと思わなくもない。
ただ、この部屋はローカルの方々が住む住宅街に入り込んだ場所にあり、地域の人たちの暮らしが身近に見える、体験できるという意味ではおもしろい。ただ、快適さと天秤にかけるなら、日本人で、また中欧〜西欧で(高額だけど)快適な部屋に滞在してきてしまった私には、少々不便ではある。この「自分の価値観」をどこまで優先するのがいいのか。私は、ただただ怠けているだけなのではないか?
そういう気持ちが湧いてきてしまい、今つらつらと書き連ねているわけだ。これは、「ほんとうのことを書」けている状態だろうか。ただ自分の価値観を変えられずに固辞している怠け者だろうか。こう思っている自分をどう受けとめてあげようか、ここ数日決めかねている。
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マイさん、論理的タイプなんですね。
自分の周りの女性も理系が多いからから、マイさんとの交流が心地よいんだろうな🥰(チャーミングのあの方との交流もまた違った心地よさがある🤭)
8歳の息子氏と、マイさんとの情景を目の前で見てる気持ちにいつもなるから、「ほんとうのきもち」が書けてますよ!
私はそのままのマイさんがとっても大好きなのです🥰💛
私もマイさんと似ていて、どちらかというと論理思考がすぐ出てしまい、感性で生きられている人を羨ましく思う時があります。
でもふと思いましたが、私から見るとマイさんも充分感性を活かして人生を歩まれているように感じます。働きながら外国を旅して、次行く国を好きに決める、とても素敵です☺️