9都市目で、直感に「理由」がついた話
4/6に羽田を出て3ヶ月が経った。今いるチェコ南部の街・ズノイモは、9都市目となる。
トルコに2ヶ月いたのち、この1ヶ月は6都市を点々としている。トルコは「半居住した街」、あとの6つは「旅行者として関わった街」だ。
これまでの旅で一番思い入れのある街は、トルコのイスタンブールとイズミル。最初に訪れたのは11年前。そこから「また行きたい」を長々と温めることになったこの街の印象は、優劣ではなく、ごく個人的な「好きな街の基準」だ。
話をズノイモに戻す。ポーランドに数年住んでいる友人が勧めてくれたこの街は、大都市ウィーンから、バスで1時間とすこし。
まだ日が高い中欧の19時、そこに降り立った。静かなバスターミナル、ぽつりぽつりとした店、通りを歩く人の少なさ。それでも直感的に「ここはきっと、いいにおいがする」と思った。地図やガイドブックには出てこない、人が暮らしている気配のようなものだった。
比べる街が8ヶ所あってはじめて、分かってきた感覚だと思う。真っ先にここに来ていたら、たぶん同じようには思わなかっただろう。
2022年の初旬、神戸で住んでいた家を解約し、古いバンを家とみなし、国内を転々としてきた。この生活についてはこの数年、まわりから時折こう表現される。
「型にはまらない生活ですね」、と。
型にはまりたくない、もしくははまらないでおこう、と自発的に決めているわけではなかった。でも徐々に、恐らくは「はまらない方向」が快適になってきている、とは思う。
「型にはまらない生き方」というものは、自由が増える分、「どこか」で「何か」を差し出している。日本で移動生活をしていても基本は同じだが、海外ではより、差し出すものが増えていると思う。
これから週に一度、その時の現在地「ここ」から、手紙を書きます。差し出しているものたちについても、くわしいことは、おいおい。



